楽な会社の研修も、『命を削られている』ことを忘れてはならない。

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こんにちは。

いねだ(@antisalary)です。


あなたの会社には
研修というものがあるだろうか。

もしなければ
あなたの会社はブラック企業かもしれない。

研修にも色々な種類がある。

例えば、

  • 新人研修
  • 営業研修
  • 管理職研修
  • 経営者研修 など…

新人の時から役職につき、経営職になるまで、
どの段階においても定期的に行われるものである。


私の会社では、研修が非常に楽であり、
研修の日は『休日』とも捉えている人が多い。

「これでお金もらえるなんて最高だ」
なんて声も良く聞くものである。


果たして、本当に最高だろうか。

今回はいくら楽な仕事であろうと、
『自分の時間を生きられない人は不幸である』
という話をしたいと思う。

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研修が楽だと感じる理由


なぜ、研修は普段の仕事と比べて
楽に感じるのか。

それは、
受け身の姿勢で臨めるからである。

研修というのは基本的に、
人事か、外部の講師が来て、
座学を受けることが多い。

だから内容、量、時間も全て
人事、もしくは外部講師の裁量で
行われる。

基本的に、それに従って
ボケっとやっていれば
昼になり、昼食をとる。

午後も同じようにやっていると定時になる。

外部講師であれば
定時までに終わらせるように
進めていくため、
残業をすることもない。


受け身であり、
かつ時間も管理されていることから、
普段の仕事と比べると
圧倒的に精神的負担が軽いのである。

一番きついのは、新人研修


研修の中で、最もきついのは、
入社してすぐ行われる新人研修だと思う。

振り返ってみると
現場と比べて楽なものであったが、
当時は会社にいることの
緊張感が大きかったり、
学生時代とのギャップに
馴染むのに苦労を要したりする。


新人研修というのは、
社会人のいろはを学ぶ研修だ。

人事サイドとしては、
新人を育てられず配属先へ送り込み、
配属先から文句を言われてしまえば
人事としての評価に影響してくる。

だから、人事の目が特に厳しく、
「通勤中も帰宅中も休日もキチッとせねば」
という気持ちを刷り込まれるストレスを抱える。

そもそもついこの前まで大学生で
だらだらしていた人が、
毎朝同じ時間に出社することだけでも
慣れるまでの苦労がある。

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いくら楽な研修も、『あなたの時間』を奪っている。


研修を『休日』のように捉えている人は
特に考えてみてほしい。


あなたがボケっとしている時間は
『あなたの時間』だろうか。


答えはNoである。


研修中に、いくら暇だったとしても、
あなたはその時間に
やりたいことができるだろうか。

おそらくできないだろう。

まず、研修中は時間の管理が
講師に一任されている時点で、
あなたは他者に時間を支配されている。

ボケっとして精神的に楽であっても、
『あなたの時間』は、確実に他者によって
蝕まれているのだ。

「楽しい」「ワクワクする」
「好きでやっている」
なら私は何も言わない。

しかし、大抵の研修はそうでないと思うのだ。


他者に時間を支配されている時点で
少なからず不快感を覚えるだろう。

内容も、
「眠い」「つまんない」「よく覚えていない」
というのが大半だと思う。


あなたはやりたいことを犠牲にし、
外部の人によって、多くの時間を奪われているのだ。

『時間を使う』ということは『命を削ること』


一人一人が持つ時間は
皆24時間で平等である。

時間や人生は有限なのだ。

つまり、
有限である『時間を使う』ということは、
あなたの『命を削ること』なのである


この有限である時間を、できる限り
「好きなこと」や「ワクワクすること」に
費やした人が、幸せに生きられることは間違いない。

好きなことに
命を削られても、お金を削られても、
嫌な気持ちにはならないはずだ。

趣味に没頭して、つい時間を忘れて
やり過ぎてしまったとしても、
嫌な気持ちにならないだろう。

あなたは会社に命を削られていることに気づくべき


毎日、行きたくもない会社に
『時間を捧げること』は、
『会社に命を削られている』ことになる。

会社が好きで、
会社に命を削られることが嫌じゃない人は
なかなかいないと思う。

もっと言えば、
会社の社員旅行、ゴルフコンペなどのイベントにも
あなたは命とお金を削られている。


会社によって時間を奪われ続けることは、
残された命がわずかになっていくということだ。

強制的に会社に命を削られていくことに
あなたはどう思いますか?

『当たり前』を疑わない限り、状況は変わらない


会社の憂鬱な仕事だろうと、
楽な研修だろうと、
『会社にあなたの時間が奪われている』
『会社に命を削られている』ことに
変わりはない。


このことに気づかないと、
あなたは有意義な人生を送ることができず、
後悔することになる。


『ワクワクしないこと』に
命を削られている状況が
当たり前だと考えるのは思考停止である。


あなたは朝早く出社し、
残業して夜遅くまで働き、
帰って寝て、起きてすぐ出社…

のような生活をしていないだろうか。

それが当たり前だと思っていないだろうか。


このような常識を疑い、
変える努力をしていかないと、
あなたの人生は不幸なものとなる。

『楽かどうか』ではなく、『自分の時間を生きられているかどうか』


限られた時間の中で、
いかに『自分の時間を生きるか』
人間の幸せの基準だと私は考えている。

いくら受け身の研修でお金が稼げたとしても、
それは会社が『あなたの命を削った対価』である。


本来やりたいことができず、命を犠牲にして
お金をもらうことが果たして幸せなのだろうか。

私はそうは思えない。


たとえ研修が楽だったとしても、
『他者に時間を奪われている』時点でストレスなのだ。

こんなことでストレスを抱えていては、
あなたは幸せになれない。

だから、
働き方の基準を『楽かどうか』ではなく、
『自分の時間を生きられているか』で
考えていくべきである。


これができると、
あなたが本来やるべきことが
見えてくるはずである。

最後に

いかがだろうか。


あなたの時間を強制的に奪い、
命を削られる会社の研修は
本当に最高なものだろうか。


人間誰しも、
何かしらやりたいことがあるはずだ。

「仕事が忙しくてできない」

というのは言い訳である。

それはやらない理由を
あなたが作っているにすぎない。

「会社で働いてお金を稼がないと」
と思い込み、やらないでいるだけだ。


やりたいことを実現させるためには、
会社で労働することで命を削られていてはいけない。

やりたいことを実現させる方法を
探していくためにも、
仕事の価値観として、
『仕事が楽かどうか』ではなく、
『自分の時間を確保できるか』
を考えるようにしていくべきだと思う。

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