今の時代、大企業に入ることが必ずしも良いとは言えない3つの理由。

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こんにちは。

いねだ(@antisalary)です。

近年、働き方が多様になり、

1つの会社に勤め続けるといった概念が

若者を中心になくなりつつある。

これだけ時代の変化のスピードが早ければ、

「自分の会社もいつまで残るかわからない」

と考えるのが賢明だろう。

私はこのような時代に生まれて

よかったと思っている。

今の時代に

会社に骨をうずめる覚悟で働いている人がいたら

「視野が狭すぎ」と言ってあげたい。

そもそも会社に行くことが好きな人とか、

会社に行くことにワクワクする人って

ごくごく少数だと思う。

今は、副業が許される会社でなんとなく働き、

副業で本来やりたいことを好きなだけやるといった

働き方をすることが可能になり、

取り組み次第では、大企業に勤める人の給料や、

あなたの上司の給料を上回ることもできるのだ。

そして会社が倒産するリスクのヘッジも可能だ。


大企業の仕事のスケールの大きさは確かに

そこでしかできない経験かもしれない。

そしてその案件の責任ある役割を任されたら

大きなやりがいを感じられるかもしれない。

そして給料が良いのも事実である。



しかし大きな責任とプレッシャーに

日々押しつぶされ、

ストレスにまみれて働くことが

果たして幸せなのだろうか。

今回は

『大企業に入ることが
必ずしも良いとは言えない理由』

について書きたい。

[参考記事]

『定年まで会社に勤める人生が意見な理由』

『副業禁止の会社に入ってはいけない2つの理由』

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大企業に入ることが良いとは言えない理由

①『大企業に勤めている』というプライドを持ってしまう。

電通社員であった高橋まつりさんの
過労自殺は記憶に新しい。

彼女は東大卒で電通に入社するという、
いわゆるエリートコースを歩んできた。

いわゆる社会のレールに従った人の中では

トップクラスの人材であったと思うのだが、

それゆえに物事を社会のレール上でしか見ることが

できなくなり、プライドが高かったのではないかと思う。

頑張って東大に入って

電通の内定を勝ち取ったという、

今までの努力が水の泡になってしまうと

思ったのではないだろうか。

どんなに辛くとも、

『ここで辞めてしまったら
東大に入った意味がない』
とか、

『電通社員というステータスを
簡単に捨てるわけにはいかない』
といった

プライドを持ってしまうのである。

こうなってしまうと

辞めるべきものも辞められず、

精神的にどんどん追い込まれていくのである。

一度原点に戻って考えるべきだと思う。

所詮『労働者』という、

多くの人と同じ立場なのだ。

電通にいようと、零細企業にいようと

膨大な時間を奪われる労働者は

幸せにはなれないのだ。

東大生としてよく考えたら、

他の大学の人と同じ土俵に立つこと以外の

選択肢が取れたはずだし、

実際、起業する人も多い。


サラリーマンが仕事を続けるための

プライドなんて何も価値もない。

逆に志望する企業ではなかったとか、

それほど知名度のない企業に入ったほうが

プライドがないので、辞めたくなったらすぐに

他の行動を始められる。

今の時代、会社に属さなくても

稼ぐ手段は多様にあるため、

大企業で勤めるプライドを守るよりも

普通の会社でほどほどに働いて、

副業で稼げたら、精神的にも経済的にも

苦労が少ないと思うし、賢いと思う。



『自分の時間』を手にした人が、

どんな大企業に属する人よりも

『勝ち組』である。

②古くから続く根強い社風が残っている。

大企業の多くは歴史が古く、

昔から続くその会社独自の

謎ルールがあったりする。

しかしその会社でしか勤めていない人間は

それが当たり前だと思っている。

若手からしたら「おかしくね?」とか

「そんな決まりなくしてしまえばいいのに」

と思うことばかりである。

例えば私の会社も金融業界であり、

そこそこ長く続く大きい会社である。

実際に入ってみると、


・やる意味があるのかわからない朝礼

・朝礼で言わされる社訓

・休憩や休暇後の謝罪

・誰も行きたくないのに定期的に行われる社内イベント

・数合わせで休日に参加させられる地域イベント

・みんな帰りたいのになぜか行われる飲み会

・行きたくもない社員旅行でのやりたくもない若手の芸

・デジタルツールに否定的でほとんどが手書き、口頭、電話

などなど、


昭和から続いているであろう

誰も得しないようなイベントを強要したり、

非効率な伝達手段をいつまでも変えようとしない

会社であり、しょうもないことでストレスを感じ、

嫌気がさすことばかりであった。

これらは、皆が心の中で

「やりたくない」「変えたい」と思っていても

それが実現することは容易ではないのだ。

なぜなら、

何千、何万といる歴史の長い大企業では

このような風土が

非常に根強いものとなっている。


だから、長く続く社風を

自分一人で変えることは

ほぼ不可能である。

ならば自分が決定権を持つところまで

昇れば良いのだけれども、

それは何十年も先のことだ。

それまでの時間が非常にもったいない。

多くの人が従う謎文化に

「NO」を突きつければ

数的にも立場的にも不利になり、

結局のところ会社にいられなくなるのがオチである。

若手が上司には逆らえば

気まずくなり、会社にいづらくなる。

若手に自由や決定権などないのだ。

そこまでするくらいなら

無理して会社に勤めない方が良い。


我慢し続ける人生は不幸である。

③将棋の駒のような扱いを受ける。

大企業は日本全国、そして海外まで

幅広く展開している。

業界にもよるが、何度も転勤がある。

会社が「行け」と言ったら

拒否権なく従わなくてはならない。

従わなければ

『出世の道が閉ざされる』か、『解雇』

の二択である。

そして何千、何万といる企業の中で

様々な場所で勤務すると当然、

どうしても無理な人間に出会う。

これは中小企業でもバイトでも

同じかもしれないが、

同じ会社なのに、まるで

別の会社に入ったかのような

雰囲気の違う場所に放り込まれたり、

行ったこともない僻地に

送り込まれたりする。

様々なところを渡り歩くと

無理な人に出会う確率は高まる。

会社側はそんな都合など考えず

転勤を命じてくる。

そして先ほど言ったように、

大企業で勤める人間ほど

プライドは高い。

嫌な人がいるくらいで

辞めることができないのだ。

「何年か我慢すれば終わる」

と思いながら働き続けるのである。

ステータスを守るために

苦しい日々を過ごすことが

果たして幸せなのだろうか。

私はそう思えない。

まとめ


①大企業に勤めているというプライド

②古くから続く根強い風習

③将棋の駒扱い

大企業に勤めることが

必ずしも良いとは言えない理由は

この3つである。

大企業は統率を図ることが難しい。

だから昔から

多くの決まりを押し付けて

体裁を保っていたのだと思う。


体質の古い企業、上の考えが古い会社は

とても不自由であり、

それを変えることはほぼ不可能である。

自分らしく働きたいならば、

歴史の浅い企業に入って

自分で企業を変えていくか、

独立するかという選択肢がある。


大企業にいるというプライドを保つために

企業に埋もれ、我慢する日々を

過ごしていても幸せにはなれない。


会社の言いなりになって生きていくのか、

自分がやりたいことに没頭して生きていくのか。

あなたはどちらが良いか。

今の時代、

大企業に入ることが正しいという認識は

確実に薄れてきている。

そして、風土がいつまでも変わらない会社は、

この変化のスピードの中で、

いずれ社会から淘汰されうるので

危険だと思った方が良い。

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